FPI-J 生活経済研究所長野

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「自分だけは大丈夫」では済まない理由


  1. 統計を見続けると、「自分は例外」ではなくなる
    ファイナンシャル・プランナーとして登壇する立場にいると、統計や実際の給付データを分析し、それを「伝え方」に落とし込む機会が多くあります。こうした作業は、この仕事をしていると増えていくと感じています。

数字を見れば見るほど、「自分だけは大丈夫」という感覚は薄れていきます。事故も病気も災害も、誰かの人生に実際に起きている出来事であり、社会全体では一定の確率で起き続けています。統計は、誰かを指名しません。だからこそ、自分が当事者にならない保証もありません。その当たり前の事実がデータを通して徐々に輪郭を持って迫ってきます。

ところが、実際にお会いする方々の多くは、「自分だけは大丈夫」と考えています。これは意志の弱さではなく、人間の自然な心理です。日常が続く前提で生活している限り、リスクはどうしても遠い話になりやすいのです。

自然災害のあとに流れるインタビューで、「まさか自分の生まれ育った土地が流されるとは思わなかった」という言葉を聞くたびに、専門家としての課題を突きつけられます。その「まさか」が起きた瞬間に、人生は一気に厳しい現実へ引き戻されます。そうなる前に、どうすれば「自分事」として置き換えてもらえるか、ここが最大の難所です。

  1. 給付データが示す、思い込みと現実のズレ
    学生時代、量子力学を専攻し、確率・統計を専門的に扱ってきました。世の中の現象を数字で捉える癖がついているのですが、同時期にファストフード店でアルバイトもしていました。

店舗には毎日、本部から販売予測が送られてきていました。例えば、昼休みにAセットが13セットと予測されれば、本当にほぼその数が売れていきます。購入者は日々入れ替わるのに、集団としては驚くほど予測どおりに動くのです。その精度の高さを現場で見続けたことで、「統計は机上の数字ではなく、現実の手触りを持つ」という感覚が身につきました。

同じことは、給付データにも表れています。傷病手当金の給付原因を見ると、第一位は「精神及び行動の障害」で約35%、第二位は「新生物」で約14%を占めます(*1)。この構成を見るだけで、「働けなくなる原因は事故よりも、心身の不調であることが多い」という現実が浮かび上がります。

住まいの備えも同様です。住宅保険や共済は、家財を付帯しているかどうかで給付額が大きく変わり、能登半島地震でも、中四国エリアで頻発している自然災害でも4~5割増になっています(*2)。また、地震保険や自然災害共済に加入していなければ、近年の災害に対して十分に備えられない場面も少なくありません。「入っているつもり」と、実際の補償内容との間にズレが生じやすい分野です。

  1. なぜ自動車補償は「自分事」として受け入れられるのか
    一方で、自分事としてとらえてもらいやすい分野もあります。典型は自動車事故に対する備えです。自動車を使用する人の多くが、自動車補償(保険・共済)に任意加入しているのは、「事故の可能性」を頭ではなく、肌感覚で理解している人が多いからではないでしょうか。

友人・知人に事故に遭遇した人がいたり、交通事故を直接目撃した経験を持ったりする人は少なくありません。それらの経験があると、「自分が正しく運転していても、相手次第で事故はいくらでも起こり得る」という現実が、抽象論ではなく具体的な感覚として入ってきます。

リスクの存在を「知っている」だけでは人は動きません。自分の生活と結びついて「想像できる」ようになったとき、初めて備えが現実の行動に進みます。自動車はその想像が成立しやすい領域だからです。

  1. 頻度と損害で分ければ、備えはシンプルになる
    ここで大切なのは、恐怖を煽ることではありません。「確率の世界にいる」という前提を共有したうえで、備えを合理的な行動として位置づけることです。そのために役立つのが、リスクを「発生頻度」と「損害の大きさ」で整理する発想です。

「大頻度・低損害」の代表格は、「日帰り入院から受け取れます」というタイプの保障です。分かりやすく安心感はありますが、起こりやすい出来事を保険で厚く覆うほど、長い目で見ると負担が増えやすくなります。こうした領域は、予防や自己負担、生活防衛資金で受け止める設計が合います。

逆に、「低頻度・大損害」の代表格は、住まいを失う、あるいは住めなくなるタイプのリスクです。大規模な自然災害や住宅被害は、起きる確率は高くないものの、ひとたび当たれば家計や人生設計を根本から揺るがします。ここは「貯蓄で何とかする」「注意すれば避けられる」と言い切れない領域です。だからこそ、保険や共済で備える意味があります。

備えの本質は、得を狙うことでも、怖さに備えることでもありません。大きな出費になり得る出来事に対して、毎月(毎年)無理のない負担で備え、万一のときの負担を軽くすることです。

  1. 想像力の差が、その後の人生を分けてしまう現実
    保障の話を続けていると、もう一つはっきり見えてくる現実があります。「想像力のある人」が備えを選び、結果として救われている一方で、「想像が及ばないまま無防備だった人」が、最も大きな損害を受ける可能性があるということです。これは性格の問題ではなく、情報や判断材料に触れる機会の差が生む、構造的な問題です。

この構造は、決して抽象論ではありません。阪神・淡路大震災から30年以上経つ今でも、当時の震災で住宅を失い、再建のために組んだ住宅ローン(*3)を、いまだに返済し続けている人がいます。街並みは復興し、兵庫県は一見すると元に戻ったように見えますが、経済的な意味での復活が終わっていない人が、今も確かに続いています。

災害は、その瞬間の被害だけで終わりません。住まいを失い、資産を失い、やむを得ず借金を背負うと、その影響は、数十年単位で人生に残り続けます。時間が経つほど周囲からは見えにくくなりますが、本人の生活の中では、いまも続く経済問題です。

だからこそ、保障分野は一般の方でも学ぶ価値が十分にあります。自分や家族の生活を守るための判断軸を持つためにです。リスクをゼロにすることはできませんが、その損失による経済的な破綻の確率を下げ、回復を早められるからです。

数字は冷徹に見えますが、個人の思い込みをやさしく剥がし、現実的な備えへと導いてくれます。「自分だけは大丈夫」という感覚を責めるのではなく、数字の力で現実に戻し、合理的な選択につなげるための橋渡しが、専門家としての責任だと考えています。

*1)全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査報告」令和5年度 傷病手当金・傷病別・性別 件数の構成割合
*2) こくみん共済 coop 住まいる共済の給付実績(島根県西部地震、伊予灘地震、紀伊水道地震、日向灘地震、能登半島地震)を元に、生活経済研究所長野が試算
*3) 災直後(1995〜1996年)に35年ローンを組んだ場合、完済予定は2030〜2031年頃

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