コラムColumn
執筆者プロフィール
- 名古屋経済大学 経済学部 教授
- 社会保険労務士
- 証券アナリスト(CMA)
- 2025.08.21
- 年金
年金・一時金の選択は「税制」だけで判断するな
わが国の企業年金の大きな特色として、年金(分割)での受取だけでなく、一時金(一括)による受取を選択できる点が挙げられます。「年金と一時金どちらが有利か?」は、老後生活設計における悩ましい問題の一つですが、世間では「退職所得控除があるぶん一時金で受け取る方が有利」との論調が幅を利かせています。しかし、企業年金の実務あるいは従業員のライフプランニングに携わる担当者としては、そうした言説を鵜呑みにするのではなく、日々の業務で培っている実務的知見に基づいたアドバイスを従業員に提供できるようにしておきたいものです。
■税制では年金よりも一時金が有利!?
わが国の企業年金は年金よりも一時金が広く選択されている実態がありますが、その最大の要因とされているのが、年金と一時金の税制上の取扱いの差異です。年金受取は、当該年金額から「公的年金等控除」を控除した額が「雑所得」とされ、他の所得と合算したうえで総合課税されます。一方、一時金受取は、当該一時金額から「退職所得控除」を控除した額に2分の1を乗じた額が「退職所得」とされ、他の所得とは分離して課税されます。
企業年金の給付だけを考慮すると、給付利率が付利されるぶん年金受取の方が受取総額は増えます。しかし、企業年金を受給する方は公的年金も受給する場合がほとんどです。。公的年金の存在を考慮すると、公的年金と企業年金を合算した年金収入が増加するため、課税所得および適用税率が高くなり、税負担が増加する傾向にあります。加えて、退職所得控除の控除枠の大きさ(勤続20年で800万円、勤続30年で1,500万円etc)から、世間では年金受取よりも一時金受取の方が有利だと喧伝されることが多いです。
もっとも、この手の比較検証は、後述する前提条件の置き方次第で結果が大きく変わるため、一概に「一時金受取が有利」「年金受取が不利」と断言するのは適切ではありません。
■税制以外の年金・一時金の選択のポイント
年金・一時金の選択のポイントは、税制上の取扱い以外にも下記のような視点があります。
<ライフプラン>
ライフプランの観点からみると、年金を選択した方が生活資金を計画的に確保できます。一方、一時金を選択するメリットとしては、多額の資金ニーズへの対応が挙げられます。例えば、住宅ローンの返済や子・孫への援助といった使いみちがあり、かつ他の手段による資金準備が難しい場合は、企業年金では一時金を選択するのも1つの方法ではあります。
<収益性>
年金受取の収益性を見る際は、「給付利率」に着目しましょう。確定給付企業年金の現在の給付利率の平均値は2%台後半です。自社の制度の給付利率が3%以上ならば、年金受取を選択しない手はありません。なお、確定拠出年金は、受取の都度給付手数料(1回につき440円)がかかるため、年金よりも一時金に軍配を上げざるを得ません。
一時金受取の場合、受取後の運用手段(預貯金・金融商品等)の期待運用利回りで判断する必要があります。現在の資産運用環境下において、確定給付企業年金の給付利率以上の利回りをコンスタントに稼げるかどうかが判断基準となります。
<安全性>
確定給付企業年金は一定の給付利率が保証されるものの、年金受取開始後に母体企業の業績が悪化した場合は、給付減額あるいは制度が廃止されるリスクがあります。その点、確定拠出年金は、掛金が拠出された段階でその権利は加入者個人に帰属するため、母体企業の業績悪化の影響はさほど受けずに済みます。
一時金を選択した場合は、「受取後の資金をどう管理・運用するか」という新たな問題に直面します。一時金の預金先、投資先あるいは運用委託先が万が一破綻した場合は、資産の毀損や換金・引出しに時間を要する等のトラブルに見舞われます。さらに、一時金で受け取った後に無駄遣いしてしまわないように注意する必要もあります。
■企業年金の制度設計を踏まえた選択のポイント
企業年金における年金・一時金の選択の議論では、制度設計にも着目する必要があります。企業年金の制度設計はそれこそ企業の数だけ多岐にわたるため、年金・一時金の選択に際しては、次に掲げるポイントも踏まえる必要があります。
<終身年金があるなら活用しない手はない>
わが国の確定給付企業年金および確定拠出年金では、終身年金はあまり普及していません。逆に言えば、終身年金を導入している企業年金は、希少性の高い「お宝年金」であり、退職時に多額の出費をする必要がないのであれば、せっかくの終身年金という選択肢を利用しない手はありません。また、企業年金の終身年金は「保証期間付き」が一般的であり、保証期間経過前であれば後で一時金を選択することも可能です。
<全部選択だけでなく「一部選択」を活用する>
一時金を選択する場合、制度によっては、全額を一時金で受け取る「全部選択」だけでなく、一部のみを受け取る「一部選択」を選択できる場合があります。例えば、退職一時金と企業年金が両方ある企業において、双方から支給される一時金の合計金額が退職所得控除の枠を超過する場合は、企業年金では一部選択を行うことで調整することが可能です。この場合、受給者のニーズにきめ細かに対応する観点からは、企業年金の一時金選択割合の選択肢(例:10%刻み・25%刻みetc)を増やすことが望ましいです。
<公的年金との受給期間の重複を回避する>
企業年金で年金を選択すると、公的年金と相まって安定的な老後収入が確保できるものの、年金収入が増加すると税・社会保険料負担も増加してしまいます。そのため、トータルの年金収入を抑制して税・社会保険料の増加を抑える方法として、企業年金と公的年金の受給期間の重複を回避する方法(企業年金は60代前半で受給する、公的年金の繰下げ受給を活用するetc)や、企業年金の1年当たりの受取額を低くする方法(受取期間は20年または終身を選択するetc)があります。この場合、受給者のニーズにきめ細かに対応する観点からは、企業年金の受取期間の選択肢(例:5年・10年・15年・20年・終身etc)あるいは受給開始年齢の選択肢(例:60~70歳)を増やすことが望ましいです。
■年金・一時金の選択に「正解」はない
以上の通り、企業年金における年金・一時金の選択では、税制上の取扱いの差異だけでなく、加入している企業年金の給付設計にも着目する必要があります。もっとも、これらのポイント以外にも、個々の受給者の老後の生活設計や資金ニーズなどさまざまな要素が絡むため、年金・一時金の選択には唯一絶対の正解は存在しません。
しかし、企業年金の実務あるいは従業員のライフプランニングに携わる担当者としては、本コラムで述べたポイントを踏まえることで、マネー雑誌やファイナンシャル・プランナー(FP)の受け売りではない、実務的知見に基づいたアドバイスを従業員に提供することを願ってやみません。