コラムColumn
執筆者プロフィール
- 名古屋経済大学 経済学部 教授
- 社会保険労務士
- 証券アナリスト(CMA)
- 2025.10.16
- 投資
「リスクを取れ」「分散しろ」は至言かお節介か
確定拠出年金(DC)は「資産運用」「投資」あるいは「自己責任」というキーワードとともに語られることが多いせいか、業界では「元本確保型商品よりもリスク性商品に投資すべき」「リスク低減のため長期・積立・分散投資を徹底すべし」との論調が幅を利かせています。この主張は、信託報酬を収益源とする金融機関にとっては非常に都合が良いこともあり、業界内のみならず世間一般にも喧伝されつつあります。ついには、「長期・積立・分散」というお題目を伝道師(認定講師)が布教して回る謎の宗派が2024年に誕生したとか、しないとか。
■リスクを取る・取らないは自分で決める!
ところで、DCには「資産運用でリスクを取らなければならない」などという決まりは一切ありません。DCの資産運用の本質は、「リスクを取ること」ではなく、「リスクを取るか取らないかを自分で選ぶこと」にあります。DCの運用商品ラインナップには、大抵の場合、定期預金や生命保険などの「元本確保型商品」があります。資産運用でリスクを取りたくないのであれば、元本確保型商品を選択すれば良いのです。
■手数料や税制を考慮すると見える景色が変わる
しかしながら、複利効果や税制優遇を活用するより効率的な資産運用を行いたいのであれば、DCでは投資信託などの「リスク性商品」に投資するのが賢明だと筆者は考えます。理由は2つあります。
一つは、「預貯金への投資はDCでなくても可能」という点です。DCでは、運用商品の如何にかかわらず一定の運営管理手数料がかかるほか、DC資産を引き出すことができるのは早くても60歳以降です。一方、預貯金口座は、預金取扱金融機関に出向けば大抵は無料で開設できるうえ、いざという時は中途解約も可能です。
もう一つは、「DCでラインナップされている投資信託は手数料や税金の面で優遇されている」点です。一般向けの投資信託とDC向けの投資信託を比較すると、DC向けでは購入時手数料がかからないのが通例であるほか、信託報酬も低廉であり、手数料の面では比較的優遇されています。また、DCは税制メリットの手厚い制度なので、金融機関の窓口で普通に購入すると手数料や税金が余計にかかる運用商品(投資信託など)をDCで購入するのが賢明という結論になります。
■DCだけでなく保有資産全体で分散を図る
さて、資産運用の世界では「分散投資」が重要だと言われています。「長期・積立・分散」の中で学術的にも有効性が立証されているのは分散投資だけであり、DCの投資教育の場でも分散投資の重要性は必修科目であるかの如く説明されます。しかし、DCという狭い世界の中だけで分散を図るのは得策ではありません。
例えば、「外国株式30%、国内株式30%、預貯金40%」というポートフォリオを構築する場合、DC口座の中だけでこの比率にすれば良いのでしょうか。DCの税制メリットや信託報酬の低廉さを活かすならば、DC口座では全て外国株式の投資信託を購入する、国内株式の投資信託は信託報酬が低廉で運用益が非課税となるNISA口座を介して購入する、預貯金は通常利用している銀行の預金口座を使う、という方法もあります。つまり、自分の保有資産全体で「外国株式(DC口座)30%、国内株式(NISA口座)30%、預貯金(給与振込口座)40%」というポートフォリオを構築することで、広い視野に立ったより効率的な資産形成・資産運用が可能になります。
DCは2001年の制度創設から間もなく四半世紀を迎えようとしています。創設当初は大半の加入者が元本確保型商品を中心に選択していたとされていますが、直近の統計(※1)における元本確保型商品の選択割合は、企業型DCでは32.2%、iDeCoでは25.9%にまで減少しています。この水準をなお不満視し、「DC加入者はもっとリスクを取るべし」と煽る自称専門家も少なくありません。DCの資産運用において判断に迷ったら、「リスクを取るか取らないかは自分で決める」「DCでは手数料・税金が余計にかかる商品を選ぶべし」という基本に立ち返りましょう。
(※1)運営管理機関連絡協議会「確定拠出年金統計資料(2024年3月末)」