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執筆者プロフィール
- AFP ファイナンシャル・プランナー
- 生活経済研究所長野 研究員
- 2025.07.17
- ライフプラン
収入に合わせた所得連動返還方式の活用法
●卒業と同時に始まる奨学金という現実
「奨学金漬け」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。大学卒業後、多くの新卒者が奨学金という名の「借金」の返還に直面します。約2人に1人が奨学金を利用し(※1)、平均借入額は344.9万円にのぼります(※2)。筆者は20代後半ですが、同世代でも周囲には多くの返還者がおり、その返還の大変さが話題になることが少なくありません。
実際に見積もってみましょう。大学卒の平均初任給は225,457円(※3)です。税金・社会保険料を差し引いくと18万円程度。その中から仮に毎月4万円程度の奨学金を返還するとなると、自由に使えるお金は14万円。家賃を差し引くと、生活費をやりくりするだけで精一杯かもしれません。返還が滞れば、将来の住宅ローンやクレジットカード利用時に制限がかかるなど、深刻なリスクも伴うため、精神的な不安が伴うことも知られています。
このような中、返還者の経済状況に寄り添い、変化に応じて返還額を調整できる柔軟な「所得連動返還型奨学金」が注目されています。
●所得連動返還型奨学金
従来の「定額返還方式」では、借り入れた総額に基づいて毎月一定額を返還する仕組みでした。そのため、卒業直後でまだ収入が少ない時期でも経済的な負担が大きく、返還困難となるケースも少なくありませんでした。
一方、所得連動返還型は2017年度に第一種奨学金に導入された比較的新しい制度で、返還者の所得(収入)に応じて毎月の返還額が変動する方式です。返還時の所得に応じて月々の返還額が自動的に調整されるため、新卒間もない返還者の経済的な不安を軽減し、返還困難による延滞や生活への圧迫を防げるようになります。
●返還額はどう決まるか
所得連動返還型の返還月額は、毎年JASSOがマイナンバーにより取得した前年の課税対象所得に基づき算出されます。基本的な計算式は以下の通りです。
年間返還額 = (前年の課税対象所得 - 扶養親族等に関する控除額) × 9%
扶養親族等に関する控除額には、返還者本人の子1人につき33万円が含まれます。これにより、お子さんの人数が多いほど返済の負担が大きく減るように考慮されています。そのため、結婚して子どもを持ちたいと考えていても、奨学金の返済が負担となり、出産に踏み切れずにいる方もいます。こうした方にとっても、経済的な不安を和らげ、前向きな選択を後押しすることにつながるでしょう。
算出された年間返還額を12で割った額を毎月返還することになります。この額が2,000円未満の場合は一律2,000円となります。これは、収入が極めて少ない場合でも返還を継続できるようにする措置です。
具体的な年収を例に見てみましょう。年収300万円(子なし)なら月額約8,600円、年収300万円(子1人あり)なら月額約6,100円が目安です。失業などで年収が大幅に減少すれば月額2,000円となることもあります。収入が増えれば返還月額も高くなり、早期完済が可能です。返還開始初年度には申請により月額2,000円に減額される場合があります。
▼JASSOの奨学金貸与・返還シミュレーション
https://simulation.sas.jasso.go.jp/simulation/
●メリットとデメリット
メリット
所得連動返還型奨学金の最大のメリットは、返還期間が長期化しても支払総額が増えない点です。なぜなら、無利息の奨学金に適用できる制度だからです。収入が少ない時期でも返還額が抑えられ、初任給が低い時期や転職時も生活を圧迫しません。所得に応じた自動調整で返還困難リスクを軽減し、延滞による信用情報への悪影響を防ぎます。
さらに、収入が極めて少ない場合は最低で月額2,000円までの返済にとどめてくれるので安心です。先述の通り、子1人につき年間33万円の控除が受けられるため、子育て世帯への配慮もされており、安心して利用できることも利点です。
デメリット
所得連動返還型奨学金のデメリットは所得に応じた返還額となるため、低い返還額の期間が長引けば、返還期間が長期化する可能性があります。そのため精神的負担が長引く可能性を考慮する必要があります。
●制度の賢い活用法
奨学金返還は、卒業後の私たちにとって現実的な課題です。所得連動返還方式を賢く活用すると、ライフプランを豊かにする強力なツールとなり得ます。
まず、所得連動返還方式は、奨学金の申し込み時に選択できるほか、定額返還方式からの変更も一度だけ可能です。ただし、定額返還方式から変更する際は、返還が滞る前に申請することが非常に重要です。延滞してしまうと、この制度を利用できなくなるため、自身の奨学金の種類や返還状況をJASSOの公式ウェブサイトで確認し、早めに状況を把握しておきましょう。
それから、知っておくべき重要な注意点として、親御さんの扶養に入っている場合が挙げられます。例えば、病気などで収入がほとんどなくなり、実家に戻り親の扶養に入ることになった場合、自分自身の収入は少ないにも関わらず、親御さんの収入と合算されることで返還額が高くなる可能性があるからです。
所得連動返還方式から定額返還方式への変更はできませんが、定額返還方式から所得連動返還方式への変更は一度だけ可能です。この所得連動返還方式を活用し、返済の重圧から解放された「ゆとりある暮らし」を実現してください。
(※1)日本学生支援機構「令和4年度 学生生活調査結果」
(※2)労働者福祉中央協議会「高等教育費や奨学金負担に関するアンケート調査(2024年6月調査)」
(※3)産労総合研究所「2024年度 決定初任給調査」
