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FPとして押さえておきたい!公的年金の財政検証のポイント


2024年7月3日、厚生労働省は「令和6(2024)年財政検証結果」を公表しました。財政検証とは、公的年金の財政状況について、①約100年間の財政収支の見通し、②マクロ経済スライドの終了年度の見通し、③給付水準(所得代替率)の見通し、を定期的(5年に1度)に確認するもので、公的年金制度のいわば健康診断のようなものです。今回は、公的年金の財政検証について、FP(ファイナンシャル・プランナー)として押さえておくべきポイントを中心に解説します。

【ポイント1】 結果の善し悪しは「前提条件」次第
公的年金の財政は、結局のところ、その国の社会・経済の影響を色濃く受けます。経済が良好なら年金財政も良好ですし、経済が芳しくなければ年金財政も悪化します。そのため、財政検証の結果も「前提条件が良好ならば結果も良好」あるいは「前提条件が悪ければ結果も芳しくない」という結果に終始します。マスメディアは悪いケースのみを取り上げて年金不安だの老後破綻だのを煽りがちですが、代入した前提条件が悪ければ試算結果も悪くなるのは当然です。
今回(2024年)の財政検証結果は、前回(2019年)よりもおおむね改善していますが、これは、女性・高齢者の労働参加や積立金の運用状況がここ数年良好だったため、これらの趨勢を前提条件に織り込んでいるためです。

【ポイント2】 前提条件って甘いんでしょ? えっ違うの!?
財政検証の前提条件については、「結果を良く見せるために甘く設定している」との批判が常に聞かれます。しかし、未来とは不確実なものであり、使用するデータや分析手法をどんなに精緻化しても、未来を正確に予測するのは困難です。財政検証では、人口の前提(出生率・死亡率・入国超過数)は3パターン、労働力の前提は3パターン、経済の前提は4パターンと、楽観的なケースから悲観的なケースまで幅のある複数の前提条件を用いて将来見通しを作成しています。
また、この手の議論では、「常に最悪の事態を想定すべし」との主張が支持を集めます。今回の財政検証において経済前提が最も悲観的な「1人当たりゼロ成長ケース」では、実質経済成長率を▲0.7%(2034年以降30年平均)と設定しています。しかし、これはバブル崩壊以降の実績(1994~2021年の平均で0.7%)を大きく下回る水準です。個人的には、前提条件を厳しく(保守的に)見ることと、それが現実的であることとは別問題だと考えます。

【ポイント3】 所得代替率と年金額は別物、年金額は2割も減らない
財政検証において公的年金の給付水準を表す指標が「所得代替率」です。所得代替率は、年金受給開始時点(65歳)における、現役世代の平均手取り収入額(賞与込み)に対するモデル年金額の比率です。所得代替率は、2024年度時点の61.2%から低下していくことが見込まれるものの、長期的には50%の水準を確保することを政策目標としています。
ここで良く勘違いされるのが、所得代替率が61.2%から50%に減少すること(50/61.2-1≒▲18.3%)を、そのまま年金額に当てはめて「年金額が2割減少する」という主張です。所得代替率は賃金に対する年金額の割合を示した相対指標であり、一口に所得代替率の減少と言っても、それが分子(年金額)の影響なのか分母(賃金)の影響なのかを見る必要があります。
今回の財政検証結果によると、マクロ経済スライドの調整終了時点の所得代替率は、高成長実現ケースで56.9%(2039年度)、成長型経済移行・継続ケースで57.6%(2037年度)、過去30年投影ケースで50.4%(2057年度)と、いずれも2024年度の61.2%から減少する見通しです。一方、新規裁定者の年金額で比較すると、高成長実現ケースでは25.9万円(2039年度)、成長型経済移行・継続ケースでは24.0万円(2037年度)、過去30年投影ケースでは21.1万円(2057年度)と、2024年度の22.6万円と比較すると微増あるいは若干の低下に留まる見通しです。つまり、老後生活設計の大幅な見直しを余儀なくされるような年金額の減少は、現時点では心配する必要はありません。
加えて、所得代替率は「異時点間の給付水準の比較」を目的とする指標であり、これを個人のライフプランニングやリタイアメントプランニングに用いるのは適切ではありません。個人が老後生活設計を考える際は、率(所得代替率)ではなく額(年金額)で考える方が自然です。

【ポイント4】 マクロ経済スライドの目的は「将来世代の給付水準の確保」
所得代替率と年金額の違いについては前述の通りですが、所得代替率の減少ほど年金額が減少しないということは、マクロ経済スライドによる給付調整が行われる間は、現役世代の賃金の上昇ほどには年金額が上方改定されないことを意味します。マクロ経済スライドは、調整期間が短い(調整終了年度が早い)ほど調整終了後の所得代替率が高くなる一方、調整期間が長くなる(調整終了年度が遅くなる)ほど調整終了後の所得代替率が低くなります。マクロ経済スライドによる給付調整を行う理由は、ひとえに「将来世代の給付水準を確保するため」にあります。
マクロ経済スライドによる給付水準調整は、新規裁定者だけでなく既裁定者(既に年金を受給している者)にも及びます。既裁定者の年金受給後の年金額の見通しをみると、経済前提が良好なケース(高成長実現ケース、成長型経済移行・継続ケース)では、将来世代ほど受給開始時点の年金額が高くなるほか、給付調整期間も将来世代ほど短くなる見通しです。また、経済前提が保守的なケース(過去30年投影ケース)では、受給開始時点の年金額の先行世代ほど高いものの、受給開始後の給付調整は先行世代ほど期間が長くかつ金額の減少幅が大きいため、調整終了時点の年金額は将来世代ほど高くなる見通しです。マクロ経済スライドによる給付調整は、将来世代の給付水準の確保に寄与している様子がうかがえます。

【ポイント5】 若い世代・女性ほど年金額が増える可能性大
今回の財政検証では、各世代の65歳時点における老齢年金の平均額および分布の将来見通し(年金額の分布推計)が初めて公表されました。これは、財政検証で用いられているモデル年金額がいわゆる片働き世帯(夫のみ就労して40年間厚生年金に加入・妻は専業主婦)を想定しており、共働き世帯や単身世帯が主流となりつつある昨今では実態にそぐわないとの批判に応えたものです。今回公表された「1人当たり平均年金額」は、2021年度までの個人単位での公的年金加入履歴を出発点とし、65歳到達年度までの毎年度の加入制度や標準報酬等の変遷を踏まえシミュレーションして計算したものです。本稿では詳細な説明は省略しますが、基本的には、労働参加の進展により厚生年金の被保険者期間が延伸するため、将来世代あるいは女性ほど年金額が増加する見通しとなっています。

【ポイント6】 本体試算よりも「オプション試算」に注目
前述の通り、財政検証は現行制度に基づく試算を行うため、結局のところ「前提条件が良好ならば結果も良好」あるいは「前提条件が悪ければ結果も芳しくない」という結果に終始します。そこで、公的年金制度の課題の検討に資するための検証作業として、2014年からは一定の制度改正を仮定したオプション試算(関連試算)も実施されており、今日では本体試算(財政の現況及び見通し)よりも重視されています。
今回のオプション試算では、①被用者保険の更なる適用拡大、②基礎年金の拠出期間延長・給付増額、③マクロ経済スライドの調整期間の一致、④在職老齢年金制度、⑤標準報酬月額の上限、の5つの試算を行っています。ただし、施策によっては国庫負担の引上げを伴うなど諸々の制約があるため、どの施策が実現するかは今後の政策議論に委ねられます。

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繰り返しになりますが、公的年金の財政状況は、その国の経済状況にかかっています。日本経済が持続する限り、公的年金制度も持続します。
また、若い世代や女性ほど将来の年金額が増える可能性が高いことが示されました。現役期に「厚生年金保険に加入する働き方をする」「長く働く(=長く保険料を納める)」「仕事を頑張って昇給する(=保険料を多く納める)」ことが老後不安の解消に有効であることが、図らずも今回の推計で示されたと言えます。

将来の公的年金の財政見通し(財政検証)(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.html

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